「残高16ドルなファイル係」
森の住人〜もりのすみびと〜 「さーて、どうしようか?」 少女の声は嬉々としていて危機感を感じていない。 「自分が連れてきておいて〜」 少年の声には呆れと恐怖が含まれていた。 「そんなに怖がることはないわよ。迷ったわけじゃあるまいし。ただ、どっちに行っていいのか分かんないだけだもの」 少女―ラキナは余裕の笑みを浮かべる。 「世間はそれを迷ったって言うんだよ」 少年―ラスクはため息まじりに言う。 「こんなに奥に入ったのは初めてだわ」 ラキナは状況と言うものを考えようとしない。 「そりゃ僕だって迷うほど奥に来たのは初めてさ」 ラスクはさらりと嫌味を言ってみたが、ラキナはそのことにまったく気付かず、スキップをしながらさらに奥へと入っていった。 「ちょ・・・ちょっと待ってよ!!」 ラキナとラスクは森のすぐ側の小さな村に住んでいる。しかも、お向かいだった。 ラキナは10歳、ラスクは12歳と、ラスクのほうが2つ年上だったが、気が弱いため、いつもラキナに振り回されている(現在進行形)。 「きれいね〜」 ラキナは小川を覗き込んで言った。 「落ちるなよ」 「大丈夫よ」 ラスクは次に何をするか解らないラキナから目を離さない。一方、そんなラスクの心配をよそにラキナは小川の魚が跳ねはしないかとじっと目を凝らしていた。 ラスクは空を見上げた。木漏れ日の向こうの空は青く澄んでいた。 「ラスク」 呼ばれて我に返ると目の前にラキナが立っていた。 「はい。これあげる」 ラキナは、いつ作ったのか、花の冠をラスクにかぶせた。 「ねぇ・・・」 ラスクとラキナは、お互い同士ではない声を聞いた。2人は肩をビクつかせ、後ろを振り返った。 「一緒に遊ぼう?」 声の主は、ラキナたちと同い年くらいの2人の子供だった。 「私たちも一緒に遊んでいい?」 緑のワンピースを着た少女が言った。 「うん。いいよ!」 ラキナが笑顔で答えた。 「ありがとう」 青いスカーフを首に巻いた少年が言った。 ラスクは(こんな森の奥に何故人が?)とか考えたが、考えても無駄なことだと思いそれ以上考えないことにした。 少年は、川を泳ぐのがとても速かった。走り抜けるように水を切った。ラスクは、水泳は得意な方だったが、まったくと言っていいほど適わなかった。 「すごいね」 ラスクが服を着ながら言った。 水着を持ってきていたのがつくづく不思議だ。 「君だって、十分速いと思うよ」 少年はラスクのほうを見て言った。 少女は走るのがとても速かった。少女の長い髪は風を絡めるようにして輝いた。ラキナは、かけっこにはかなりの自信があったが、とても適わなかった。 「速いね〜」 ラキナは目を輝かせて言った。 「ううん。あなただって、すごく速いわ」 少女は少し照れくさそうに微笑んだ。 ラスクは少年にスプーンの作り方を教えてあげた。 木を削るだけの簡単なものだったが、これを作れることがラスクの自慢だった。ラスクは、勉強も運動もいたって普通の少年だったが、手先の器用さと優しさだけは、誰にも負けていなかった。ラスクは落ちている木の枝を拾ってきて、ポケットに入っていたカッターナイフを取り出した。2つ入っていたことがすごく不思議である。 「わぁ、できた〜」 少年は嬉しそうに微笑んだ。 「上手いね」 ラスクも少年の顔を見て微笑んだ。 ラキナは少女に花の冠の作り方を教えてあげた。 一見、誰でもできることのようだが、ラキナは野原のクローバーから、庭の花壇の花までありとあらゆる花で冠を作っていた。言わばプロだと、ラキナは思っている。華奢でおてんばなラキナが唯一集中して取り組む趣味だった。 そのためか、ラキナは30秒に1個の割合でそれを作ると言う、妙な特技を持っていた。ラキナの早業を見て少女は目を輝かせた。 「私にもできる?」 ラキナは笑顔で頷いた。 自分で作った冠をかぶって、少女は跳ねるように走り回った。 ラキナは少女の姿を見て満足そうに頷いた。 時間はあっという間に過ぎ、ラキナとラスクは自分たちが家に帰れないことを思い出した。 「どうしようか・・・?」 ラスクはラキナを見た。とくに何の危機感も感じていないようだ。 ラスクはため息をついた。 「私たちが案内してあげる」 少女が言った。 「本当?」 とくに危機感を感じていないラキナが微笑んだ。 ラスクは胸を撫で下ろした。 「付いてきて」 少年が先頭を切って歩き始めた。 数分間歩き続け、ラキナとラスクは森を抜けた。 「ありがとう」 ラスクが言った。 「ううん。こっちこそ」 少年が言った。 「また遊んでね」 少女が言った。 「もちろんよ」 ラキナが言った。 4人はそこで別れた。 家路を歩きながら、ラキナが言った。 「名前聞くの、忘れちゃった」 ラスクはラキナの手を握って言った。 「いいじゃないか。また逢えたときに聞けばいいよ」 一方、森の方では、青と緑の淡い光が話をしていた。 「また、逢えるかなぁ?」 緑の光が言った。 「大丈夫だよ。きっとまた逢えるさ」 青い光が言った。 「そしてきっと、僕たちと人間が共存しあえる日が来るよ」 青い光はそう言うと水の中に溶け込んだ。 緑の光は風に乗り少し微笑んだ。 〜The End〜 |