「残高16ドルなファイル係」
特別編


「エフヤマ愛の劇場・幻の脚本」
ゆきさきの父編

エフヤマ愛の劇場
題名[足音]

登場人物
小林翔一:主人公、彼の視点で話は進みます。
小林亜紀:翔一の妻、生まれる子の母です。

翔一の母
医者
看護婦

−ここからが本編−


医者「では小林さん、今日の3時から入院ということで、準備してきてくださいね」

翔一「え?」
亜紀「え?」

とある産婦人科の診察室、定期検診にきたつもりの僕達は、驚いて顔を見合わせた。


翔一「確かに予定日は近いとは言っても、まさか今日入院とはね。」

帰る車の中、何を話していいかわからず、僕はそんな話題を切り出す。

亜紀「あら、親孝行ないい子じゃない?明日はあなたも休みだし、
   なにより平日、これで深夜時間や早朝時間にひっかからなければ、
   ほんと言う事無しね。」

冗談っぽくそんな言う彼女、でもその口調からはもう動揺は感じられない。
どうやらいきなりの事とあわてているのは僕だけらしい。

翔一「けどここにきて、費用の話ってのもヤボだなぁ、
   無事生まれてくれば、時間は関係ないさ。」

亜紀「うん、無理はしないからね。それにあなたの子供なんだから、私の言う事なんて、
   たぶん聞いてくれないだろうしね。」

ちょっとギクシャクした会話をしながら、車は自宅へ、


彼女は休むまもなく準備に取り掛かった。
僕は実家の母に連絡、どうやら明日らしいことを伝える。

・・・電話・・・
翔一「どうやら今晩か、明日には生まれるって、いまから入院。」
翔一の母「じゃあ、あんたは今晩うちに泊まりなさい、
     いつ電話あっても出れるようにしておくのよ。」

母の張り切り具合が受話器からもよくつたわってくる。
翔一の母「じゃあ、亜紀ちゃん病院に送ったらすぐ来るのよ。」

準備はおわり、亜紀を病院へと送る、

亜紀「少なくとも、一週間は私がいないんだから、部屋はちらかさないように。」
翔一「最善は尽くすって、」
いいじゃないかそんなこと、と思いつつ、話題を変える。

翔一「今晩実家に泊まるから電話は実家の方にね、おふくろも張り切ってる。」
亜紀「頼りにしてるわ、」

産婦人科の駐車場に到着した、僕は全部の荷物が入ったボストンバッグを肩にかけ、
亜紀についていく。
入り口のところで、ボストンバッグを僕の肩から奪う亜紀。

亜紀「なにかあったら電話するわ、それじゃあね。」


そして僕は1人実家へと向かった。

久々の実家での食事をたのしみ、早めに布団に横になった、
ほどなくして電話が鳴る、亜紀からの電話だとと確信して、受話器をとった。

・・・電話・・・
亜紀「電話、よかったかな?」
翔一「ああ、いいよ。そっちはどう?そろそろ陣痛はじまった?」
亜紀「ときどきちょっと痛くなるよ。
   でも、そうじゃないときもなかなか眠れないもんだね、翔一は寝れそう?」
翔一「頭のなかでいろんなことがグルグルまわってるよ、」
亜紀「たとえば?」
翔一「やっぱり、一番はどっちが生まれるか、かな?」
亜紀「翔一はやっぱり女の子だと思う?」
翔一「うん、ずっとそう思ってるんだけどね、でも蹴る力も結構強かったりするから、
   案外わからないぞ。亜紀は男の子だって、ずっと言ってたしね。」
亜紀「私はずっと男の子だって思ってたんだけど、今は女の子のような気がしてる、」
翔一「じゃあ、生まれるのは”美紀”ということになるかな?」

僕たちはすでに名前は決めていた、同じ字で、女の子なら”みき”、
男の子なら”よしき”。
もちろん意味はどちらでも同じ、ちょっとした自慢の名前。

翔一「頑張れよ、」
亜紀「受話器お腹にあてるから、子供にも言っといて、」

翔一「がんばれよ。」
亜紀「あっ、返事したよ、いま。」

お腹を蹴ったのだろう、起きてたんだ。

翔一「やっぱり聞こえてるんだ、じゃあ、
   お前も寝とかないと、力でないぞ。って言っといて。」

亜紀「あっ、今度は2回、なんか心配するなって言ってるみたい。」

亜紀「じゃあ、パパに心配かけないためにも寝ますかね。」

亜紀「というわけで、そろそろ母子ともに寝ることにするわ、
   話し相手になってくれてありがとね。」

翔一「おやすみ。」
亜紀「おやすみなさい。」

受話器をおいて、横になる、

翔一「・・・父親になるんだよなぁ。(つぶやき)」

亜紀は、もう母親としての自覚が出来ている、それに対して自分はどうなんだろう?
正直、僕にはまだその自信がない。

以前似たようなことを亜紀に話したときの彼女の言葉を思い出した、

亜紀「女はね、妊娠してお腹の子供が大きくなっていくと強制的に母親になっちゃうものよ。
   男は出てきた子供を見て初めて、父親になれるんじゃないかしら?」

そして僕は、ある決心をした、決心というほどおおげさなものではないけれど・・・
そのあとも、いろんなことが頭の中をグルグルとまわる、
さっき亜紀に言ったことは決して彼女に対するきやすめではなかったのだ。
明らかに僕は緊張している。

そうしているうちに、電話が鳴った、あわてて飛び起き、受話器をとる。
時計の針は、朝の7時を指そうとしていた。

・・・電話・・・
亜紀「(ちょっと苦しそうに)あ、翔一?看護婦さんがね、
   ご家族を呼んでもいいですよって。」
翔一「じゃあ、いまから二人で行くから、がんばれよ。」
亜紀「うん、気をつけてね。」
結局一睡も出来なかったが、目は冴えている。
母も準備を終え、二人で車に乗り込む、
普段はなんでもない距離が、やけに遠く感じる。



そのときカーステレオからは、槙原敬之の”足音”が、聴こえていた。

〜槙原敬之「足音」より〜
きこえるよ きこえるよ 君の足音が
待っていない振りをして ずっと待っていた
自分の鼓動だけを ずっと聞いていた
この静かな旅は もうすぐ終わる


今までなんとも思わなかったこの歌が、やけに染みる。

到着すると、お産はもう始まっていた。
看護婦さんが僕に気付く。

看護婦「小林さんですね、どうぞこちらへ。」
立ち会うかどうかも聞かれずに、分娩室へ通される。

僕の小さな決心は、確認される事なく実行されることになった。
せめて生まれるその瞬間を見届けたい、そして父親になるんだ。

分娩台の上では亜紀が苦しそうに呼吸を繰り返していた、
室内に張り詰める緊張感。
僕は亜紀の右の手のひらを、両手で包んだ。
そんなことしか出来ないけど、せめて勇気付けたい。

翔一「亜紀、がんばれよ。」

言葉に出したのか、それとも強く念じただけなのかは、はっきりとは覚えていない。
ただ、亜紀の手のひらが、強く握り返してくるのだけは、感じることが出来た。

どれくらいの時間そうしていただろう、僕の全ての感覚は、
両の手のひらに集中されていた。

医者「はいもうちょっと、がんばれ。」

その言葉を聞いて亜紀の手の力がいっそう強くなる、そして・・・

赤ちゃん「オギャアー」
緊張から開放される元気な泣き声、生まれた!

医者は赤ちゃんを抱えあげた、泣き声は部屋中に響き、
僕の耳元には、亜紀のため息が聞こえた。


すぐに僕は亜紀に伝えた。
翔一「亜紀、よく頑張ったね、美紀(みき)が生まれたよ。」
亜紀「はぁっ、はぁっ、美紀も、よくがんばったのよ。今度は・・・」

・・・そう、今度は僕が頑張って、家族を守るんだ。




〜槙原敬之「足音」より〜
愛をひとつ胸に かかげて行こう
後に続くみんなの 光になるから


終わり




ラジオネームゆきさきの父

おっきーのコメント
子供が生まれるまでの、ええ、二人の軌跡などを結構リアルにね、綴っていただきました。